
| 「銘駒コラム」はわたくし梅水の将棋の駒と将棋、その他諸々に関するコラム(不定期な日記というべきかもしれません)を掲載するコーナーです。掲載は不定期で思いつくまま都合のつくまま書かせていただこうと思います また、「銘駒図鑑」の更新情報、お知らせ、今後の方針、スケジュール、その他ニュース、トピックスなども書かせていただきたいと思います ここで述べますことは駒に関することもその他のことも全く個人的な意見です。読まれたとき気分が悪くなるようなことがありましたら、読むのを止めてください |
悪意はなくとも自分と異なる意見には気分が悪くなる場合もあることと思います。これは、気楽に思いついたことを書くためのあらかじめのいい訳といえます |
| 銘駒コラム
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2007年1月8日(月) |
画狂人卍 |
| 画狂人卍 (がきょう じん まんじ)。 なんとも気味の悪い名ですが、わたしのネット写真活動における新しい名前です。 これは、わたしが敬愛する「葛飾北斎」晩年の筆名「画狂老人卍」からいただいたものです。画狂老人卍の肉筆作品は大変素晴らしく、駒作りの方などは関係ないようでも、ぜひ学んでいただきたいものです。 ちなみにわたし最近は「フランシス・ベーコン」(Francis Bacon、1909−1992、アイルランド出身の20世紀の画家で著名な哲学者のベーコンの傍系の末裔)という芸術家に夢中です。
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2006年12月25日(月) |
松尾作 菱湖書 彫駒 |
1ヶ月ぶりのコラムです。コラムを書きたくなるような駒が遠く一宮市からわたしに送られてきました。写真の松尾作菱湖書の彫駒です。梁山泊プロジェクトとの締めくくりである展示会のあと松尾師に作っていただいたものです。
本作の写真は、12月20日から始めた「写真ブログ歩音」にも別カットを掲載しましたのでぜひご覧ください。 |
2006年11月27日(月) |
奥野錦旗 |
今回は奥野錦旗(おくのきんき)のお話し。奥野錦旗の美しさに迫ってみたいと思います。しかしその材料は玉将のみ(双玉故)で、更に白黒、シルエットのみの小さな画像。これで美しさがどうのこうのとは..と思われるかもしれませんが..これで十分、本質が見て取れます。
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2006年11月25日(土) |
武山作 錦旗書 彫駒 |
| ここのところ、写真を撮るということに関する勉強をしています。カメラ(デジカメ)というものにも生涯で初めて深く興味を持ちました。当然の流れとして一眼レフカメラを望むようになったのですが、どうもあれを持って街を行く自分を想像できませんし、その姿は宮田流とはいえません。 それでまぁ、久しぶりのブランニュー、RICHO GR DIGITAL を購入しました。手ぶれ補正機能なし、単焦点レンズ・光学ズームなしのサムライカメラ。バカを承知の任侠道。というわけだったのですがその後、軟弱にも手ぶれ補正機能付きコンパクト・デジカメを追加購入。
最後に、もし皆さんが初めてのデジカメ購入をお考えならば、LUMIX DMC-FX07 をお薦めします。手ぶれ補正機能付き、高感度デジカメでシャッターさえ押せばちゃんとした絵が撮れます。日本の技術の粋を組み込んだコンパクトな一品。わたしもほしかったのですが、既に購入した手ぶれ補正機能付きコンパクト・デジカメと完全にかぶるのでやめた次第です。「LUMIX 漆」 ← こんな素敵なカスタムもありますよ。 |
2006年11月21日(火) |
なんちゃって桂山 |
| 写真の駒は桂山作 巻菱湖書で、現在、わたしが実際に使っている駒の一つです。赤系の糸柾というのでしょうか、駒面がピンク色をしたものが多く混ざっています。木地はめが詰まって硬く重く指し駒としては理想的です。 何年か前、天童の老舗店で非売品になっていたものを店主を口説いて購入しました。桂山(故人、本名:水戸常丸)という駒師を理解したいというのが、その購入の一番の理由でした。その後、桂山作の駒を何組も観ることになり、直ぐに全体像を掴むことができた次第です。
最後になりましたが、まぼろしの彫り駒「善郷作」をご存じでしょうか。先日、善郷師にお会いした際、最上級の孔雀杢、見とれるほど素晴らしい木地に、まぼろしの彫り師「善郷師」による源兵衛清安書の彫り駒が、完成のあかつきには何とこれを贈呈いただけるとのこと。嬉しくてここに書いてしまいました。もちろん銘駒図鑑に掲載いたします。 |
2006年11月6日(月) |
座頭市 |
| 座頭市とわたしは切っても切り離せません。 勝新太郎主演の座頭市はほとんど観てきました。この物語の持つ素朴であるも凜とした雰囲気に自然に惹かれたようです。それに何より、わたしは今まで座頭市のように生きてきたのですから..
わたしはいわゆる変わり者です。それ故、誤解を受けることも多いのですが、ただ、「お天道様に顔向けできねぇ」ことはいたしませんし、できません。これは法律、社会通念や道徳に従うものではありません。そんなものは糞食らえ!《まぁ》 ただ、したくないからしないだけです。きっと、市っつぁんには難しい考えはないでしょうし、わたしにも難しい理屈はありません。心のままに生きています。 大国の噂によると..お天道様は、タオ(Tao)と呼ばれることがあるそうです。 |
2006年10月13日(金) |
隺園書 |
今日は13日の金曜日。サタンのような書体、隺園書(かくえんしょ)をご紹介するのにピッタリの日。将棋駒の書体としてはギリギリのところ。わたしとしては
無劍、隺園、英朋あたりまでは駒の書体として鑑賞できますが、三田玉枝などは別物、文字遊びの書体とみています。かといってそれらに対し否定的なわけではありません。それもけっこう。
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2006年10月12日(木) |
静山の銘 |
| わたしは静山が好きです。 《って告白されても気持ち悪いし..》 ...
静山作の駒が.. 先日、北田義之さん(如水師)宅で、わたし所蔵の静山の駒二組(静山は二組しか持っておりません)を肴に楽しく駒談義をさせていただきました。その際、駒自体をお褒めいただいた後に「この(静山作水無瀬書)銘はいいねぇ、写真を載せてくださいね」と、わたしはおだてに乗って今回のコラムとなりました。もっとも北田さんは人が持ってきた駒をけなすことはありません。どうしても褒めるところがないときには、「これは高かったでしょう」とか.. 優しい先生です。
下の写真は上右の銘の静山作水無瀬書の本体です。この駒の文字が大変気に入っています。ところで、人によって駒のどこをみるかは違っているようで、わたしの場合は、まず全体を絵として捉えます。次に漆(彫り駒の場合はその彫り)、そして駒形、面取り、木地という具合ですが、最初に絵としてみたときに木地は大きな影響を与えているはずですし、駒形や面取りもそのはずですが、一番は文字に着目し、絵としてみているようです。
実際に駒制作に関わる方ほど、まずは漆や彫りに注意が行っていて、ときに絵としてみえていないのではないかと疑うことがあります。《これこれ、口が過ぎますぞ。誰のこと?》 一般論、抽象論、宇宙論。《!》 絵画と比較するのは無理があるのは承知していますが、モネ(Claude Monet)の絵をみて絵の具の質やキャンバスの材質を気にとめるでしょうか。《その論理展開には明らかに無理があるね》 確かに駒は道具ですからその材質の評価は最も重要な一つ。彫りや盛り上げの技巧にまず目が行くのは当然。 これを書いていてデジャブー(deja vu)を感じました。この場面とこの感じ、こんなことを書いちゃいけないという感じ。反省するわたし。 《ダメですよ梅水さん》 そのうち削除するかも..しないかも。 |
2006年10月9日(月) |
龍虎鬼精のGUN |
今回は駒はお休みでわたしの趣味のGUN(ガン/銃)の世界をほんのちょっと。GUNと駒は類似点が多くあります。道具であるけど美術品という見方もできる。しかし、美術品とみる人は少ない。
前作(M9000s)での失敗からベレッタ社とジュージアーロは道具としてのGUNへの歩み寄りを行ったわけです。しかしだからこそ、こなれた道具の美しさを持つはず。この場合のGUNの美しさは、GUNというものを理解していないと分からないかもしれません。 駒の場合も同様で、道具への歩み寄りによって先鋭的な美がいくらか失われる場合があります。手に馴染む面取りを深く施せば、作品としての表現が曇る場合もあるでしょう。これこそ「龍」と「虎」のせめぎ合いです。龍を真に理解する作者が龍を殺し虎を生かしたとする。そのときは、これこそプロの精神というべきでしょう。 わたしが駒をみる目(そして一般に道具をみる目)はジュージアーロに影響されています。龍虎鬼精はジュージアーロの仕事の姿勢であるとも思っています。今回は、ジュージアーロ・デザイン、龍虎鬼精のGUNをご紹介しました。 |
2006年9月29日(金) |
龍虎鬼精の駒 |
| 銘駒図鑑を始めてから4年が経ちました。銘駒図鑑のおかげもあり数多くの将棋駒と出会い、その素晴らしさを目の当たりにすることができました。「将棋駒って本当にいいもんですね」《映画評論家か》 今では駒を見る目もかなり成長したのではないかと自負しております。そこでこれまでの成果として、駒を評価する際の要点を考えてみました。結果、「龍虎鬼精」(りゅうこきせい)ということばが浮かんできたのです。
もしかしたらそのもう一つの道こそが、真の芸術的駒作りの道なのかもしれません。道具を極めるならば「龍虎鬼精」の道。写真の駒を深く学び理解いただきたいものです。 |
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2006年9月16日(土) |
細字の鵞堂 = 陽炎の駒 |
今回は晃石師代表三部作の最後、鵞堂書をとり上げます。本作、木地の柾目が陽炎(かげろう)のように揺れていますので陽炎杢と呼んでいます。この意欲的な作品を後ろから支え芸術性を際立たせています。
ところで、鵞堂といえば飛車の飛の腕が折れているのが定番ですが、本作では龍の腕のスムーズな楕円に合わせるかのように折れることなくスムーズな円弧を描いています。そもそも王(玉)の雰囲気が全く異なり、わたしから見ると全体的にクラシック鵞堂とは別物のようです。その他多くのアイデアを含んでいるのですが、龍山、影水などの鵞堂と比べ楽しんでみてください。 |
2006年9月15日(金) |
鬼が棲む駒 = 雷神の駒 |
前回に引き続き、荒川晃石作品です。今回は源兵衛清安書。この駒、実物が大迫力です。まさに「鬼が棲む駒」、鬼気迫るものを感じさせます。雷神杢(らいじんもく)というのは、この木地の杢から暗雲立ちこめ雷が轟く中に雷神が降り立ったような印象、そしてさらにこの源兵衛清安の盛り上げからは鬼の迫力を感じます。それ故この木地、雷神杢なわけです。この様な木地の命名は滅多にするものではありません。今のところ晃石ギャラリーの三作品に限られます。
誤解しないでいただきたいのは、わたしには写しが悪いなどという考えはまったくありません。優れた写しは大いに好み、わくわくさせられます。ただ単にぞれが本歌取りとは別物であるというだけのことです。また、優れた本歌取りよりも道具としてそれよりも遙かに優れた写しが存在するとも考えています。これは当然なことで駒の世界も多様な見方が必要に違いありません。 ところで、晃石師は誤解を恐れない人。「錦旗は嫌い」などと平気でいいます。横にいた仲間は「三田玉枝じゃなきゃダメなんでしょ」と..しかし、本当は錦旗が嫌いなわけじゃないようです。今はまだ錦旗の優れた本歌取りが浮かばないのです。錦旗で尖った本歌取りが難しいのがそういわせる本当の理由のようです。いつの日か、あっと驚く錦旗を開発してくれることでしょう。わたしは楽しみに待たせていただきます。 |
2006年9月14日(木) |
龍が棲む駒 = 緑龍の駒 |
| 久しぶりのコラム。今回は晃石作英朋書(こうせきさく
えいほうしょ)をご紹介します。 緑がかった大振りの木地に英朋を基に大胆にアレンジした書が漆で精密に盛り上げられています。さて、この駒を皆さんどのようにご覧になるでしょうか。この駒は今までそれほど注目をされることもなかったのではないでしょうか。わたしは大いに注目しました。わたしは現代将棋駒の最高峰の一つと考えます。ここで「現代駒」とは静山師亡き後(1991年以降)の作品群を指します。《いいすぎでしょう梅水さん》
本作はその極めて希な駒。芸術には独創性が命です。独創性があれば何でもよいか。「成立した独創性」が必要です。片や駒というのは道具としての魅力に満ちあふれた存在であるはずです。しかし、本作は道具としての魅力を追求していません。作者に初めからその様な動機はないからです。 誰かに将棋駒として長く使ってもらい、優れた道具からの満足を得させてあげよう。その様な目的ではないのです。あくまでも自分のため、自己実現のために作ったはずです。しかしだからこそ、妥協のない美の完成を目指した作品なのです。この様な駒は注文されれば作れるというものではありません。作者は二度と作らない可能性もあるでしょう。その様な性格の駒なのです。
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2005年2月17日(金) |
松尾作 菱湖書 十番 |
| 梁山泊プロジェクトの作品は現在、20番(第20作)までが完成し、21番と22番が制作中とのことです。それらの中、一番と十番は非売品となりました。一番はプロジェクトの記念として梁山泊が所蔵されるとのことです。十番は銘駒図鑑にお譲りいただきました。 梁山泊プロジェクトは「梁山泊影水菱湖」(梁山泊所蔵の影水作菱湖書盛上駒)の彫駒による写しがそのスタートでしたが、現在では豊島作清安書、影水作水無瀬書、錦旗書、淇洲書などの写しに発展しています。
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2006年1月27日(金) |
作り手の感性は錦旗をみればわかる |
| 「作り手の感性は錦旗をみればわかる」
コラムで初めてとなる長いタイトルです。ここでの作り手とはプロまたはアマチュアの駒師の方のことです。今回は作り手の感性と作品との関係を考察します。 わたしは作り手の作品の基本四書体(錦旗、水無瀬、巻菱湖、(源兵衛)清安)をみることができればその作り手の感性を知ることが可能と思っています。一つだけで判断しろといわれれば錦旗を求めます。作品は特殊な書体であればあるほど作り手の感性を見極めるのは難しく、このことにより感性に優れない作り手は特殊な書体に力を発揮する場合があるということもできます。 作品を評価するポイントとしては盛上駒の場合、文字の基本デザイン、 実現した漆文字の美しさ、盛上の完成度、木地のレベル、木地の揃い、木地の重さ、木地の硬さ、駒形、面取り、磨き、その結果としての打ち味など多岐にわたりますが、一定の技量レベルを超えれば後は「作り手の感性」が重要になります。それどころか最高峰の駒作りを考えれば全てが作り手の感性に左右されるといっても過言ではないでしょう。
わたしは影水の作品の高い「デザイン性」がその理由だと思っています。影水の残した財産はそれを真似ることで感性不要の駒作りを可能にしたわけです。 これこそが多くの駒師(特にアマチュア)が影水字母紙を採用する理由と思います。プロの駒師の方の多くは影水字母紙からの自立を目指します。遠巻きに眺め最初から近づかない方、最初は採用し、徐々に離れていこうとする方、色々です。 さて、タイトルの「作り手の感性は錦旗をみればわかる」ですが、なぜ錦旗か。現在、水無瀬と巻菱湖は影水デザイン(字母紙)が圧倒的シェアを誇っています。源兵衛清安は静山。水無瀬、巻菱湖、源兵衛清安、これらにに比べますと錦旗の決定版デザイン(字母紙)がありません。また、錦旗は字母紙を決めても(固定しても)結果が最も定まらない書体であるように思います。そのようなことから「錦旗をみればわかる」がわたしの合い言葉となっているのです。 |
2006年1月9日(月) |
菱湖 |
| 菱湖(りょうこ)は巻菱湖(まきりょうこ)と共にとても人気のある書体です。菱湖にこだわりを持つ駒ファンの方も多いことでしょう。今回は菱湖について少しだけ書かせていただきます。(菱湖と巻菱湖の違いについてはここでは割愛します) 先ほど深夜の風呂に浸かりながら、「駒の詩 -名駒の散歩道-」(増山雅人著)の第一回、鶴巻温泉 陣屋の静山菱湖の巻を読んでいました。そこにある静山菱湖の写真を見ながらこの菱湖を超える菱湖があるのだろうかなどと思いふけっておりました。それほど素晴らしい。ぜひ近いうちに陣屋に宿泊し、その静山菱湖とじっくり対峙したいと思います。(その結果は銘駒図鑑で報告します)
実見しておりませんが、最も幹太郎の特徴が発揮されている菱湖は故升田幸三第四代実力制名人愛用の菱湖ではないかと思います。「関西の名人駒」の菱湖よりもです。これはどちらがよい悪いということではありません。「影水」ではなく「幹太郎」と表現するのは、「影水作=幹太郎本人の作」ではないからです。「数次郎」という表現も同じ意味で用いています。このようなことには銘駒図鑑では触れないつもりでいましたが、踏み込んで行くと避けては通れないようです。 銘駒図鑑では調査や事実確認に基づかないこともわたしの現在の感性で書いていますので、将来大きく訂正しなければならないことを含むかもしれません。悪意はありませんのでご了承ください。 |
2006年1月4日(水) |
金井静山 |
| 新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。今回は金井静山(かない
せいざん)と題し、わたしが所蔵する2組の静山作盛上駒をご紹介します。2組共どちらも漆も減っている中古駒です。 ちょっと過激な発言になりますが、静山駒にはできの悪いものが数多くあるようで実際よく目にします。わたしは金井静山は歴史上最高の工人であると考えています。しかし、高齢に至るまで駒作りを続け、その様なことによるのか作品に対する執着が少ないのではないかと思われる駒も散見し、さらに過去に某所から数多くの贋作が排出されたとの話も伝えられています。また、木地を自分で作っていなかったということからか駒形に合わない奇妙な作品に出会うこともあります。このようなことからか、影水などに比べ静山の評価はその価格など低すぎる状況に至っているようです。 しかし、金井静山、素晴らしき名工。素晴らしい作品を残しています。だからこそ、駒師、駒マニア、駒ファンに深く愛されています。影水駒は値段が高く、それに比べ静山駒は常に安いというのではなく、影水駒よりも高価な静山駒があって然るべきはずです。駒のできをよく見極めてイケてる静山駒という宝探しをするのも駒ファンの醍醐味ですね。
ところで、最近オークションに影水や静山などの駒が出品されることも多くなりました。わたしも何度か入札したことがありますし、落札した経験もあります。オークションを見ていることもよくあるのですが、過去に影水作で明らかにおかしく贋物と思われる駒や断定はできないが手を出さない方がよいと思われる駒がありました。それらは高額で落札されたようです。また、静山作で興味のある駒がオークションに出ましたが、静山の特徴の一部が見あたらないことや写真が小さいため判断を妨げられ入札を見送ったこともありました。珍しいタイプなので手にしてよく見たかったのですが、手にしたとたんに贋物と分かるのでは悲しすぎます。 この様な心配もあるのですが、それでも駒は贋物が少ない分野です。骨董品の掛け軸の分野などは市場に出回っている9割は贋物であるという専門家の見解もあります。わたしは掛け軸の真贋の判断はできませんが、ある分野で贋作ばかりをオークションに出している業者を見つけました。結構その様な業者はいくつもあるようです。お互いオークションには気をつけましょう。 (静山、影水など敬称を略しました。そもそもが偉人故、今後断りなく略す場合が多いと思います) |
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